일본 신문사설

[일본 신문사설] 2016년 10월 28일 금 일본주요신문사설 - 일본 아베· 필리핀 두테르테 정상회담, 미카사노미야 다카히토 친왕 향년 100세로 별세

꿍금이 2016. 10. 28.

2016년 10월 28일 금요일 

오늘의 일본 주요신문사설모음

朝日、毎日、日経、産経、東京(中日)、読売の新聞社説一覧


6개 신문사 12개의 신문사설

주요 시사· 이슈 토픽


■ 아사히신문 사설 朝日新聞 社説

 日比首脳会談 地域安定への第一歩に      전문보기

来日していたフィリピンのドゥテルテ大統領が安倍首相と会談し、南シナ海問題を平和的に解決する重要性で一致した。 「米国と決別する」など大統領の軽率な発言が注目されるなか、今回は「常に日本の側に立つつもりだ」などと述べ、日本側の期待にこたえた。


 大川小判決 この悲劇から学ぶもの      전문보기

子どもの命をあずかる学校の教職員に対し、あらためて責務の重さを指摘し、高い注意義務を課す判決が言い渡された。 東日本大震災の津波で亡くなった宮城県石巻市立大川小の児童らの保護者が、市などに賠償をもとめた裁判で、仙台地裁は学校側の過失を認めた。


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■ 요미우리신문 사설 読売新聞 社説

 日比首脳会談 「法の支配」で連携を強めたい

南シナ海で「法の支配」を確立し、「航行の自由」を守ることは、国際社会共通の利益だ。その要となるフィリピンの立場が揺るがないよう、日本など関係国が支えねばならない。 安倍首相とフィリピンのドゥテルテ大統領が首相官邸で会談し、海洋安全保障などで両国が連携を強化する方針で一致した。日米・米比同盟の重要性も確認した。


 いじめ過去最多 早期把握に努めて子供を守れ

いじめの被害を防ぐためには、早い段階での実態把握が欠かせない。学校現場の意識改革をさらに進めたい。 文部科学省の「問題行動調査」によると、小中高校などで昨年度に把握されたいじめは、調査開始以来、最多の22万4540件に上った。前年度より約2割増えている。 いじめの問題を抱えていた児童生徒の自殺も、過去最多の9件だった。深刻な事態である。



■ 마이니치신문 사설 毎日新聞 社説

 日比首脳会談 一定の成果はあったが

安倍晋三首相が来日したフィリピンのドゥテルテ大統領と会談した。乱暴な言動で注目を集めるドゥテルテ氏の実像を見極めるのは簡単ではない。3日間の訪日は、そのことを実感させた。 両首脳は、南シナ海問題の平和的解決へ向けた連携で一致した。ドゥテルテ氏は、先週の訪中で合意した中国との2国間協議再開について「(仲裁裁判所の)判決に基づく協議しかできない」と語った。


 三笠宮さま逝去 学究の道を貫いた生涯

天皇陛下の叔父で歴史学者の三笠宮崇仁(たかひと)さまがきのう、逝去された。 自由に真理を求める学究の姿と飾らず気さくなお人柄は、戦後の「開かれた皇室」を印象づけ、国民に親しまれた。その姿勢は戦争への深い反省に裏打ちされていた。 三笠宮さまは昭和天皇の末弟にあたる。その100歳のご生涯は時代の大きな変動と重なる。



■ 니혼게이자이신문 사설日本経済新聞 社説

 米国とフィリピンの間合い埋める戦略を

フィリピンのドゥテルテ大統領が来日し、南シナ海問題を仲裁裁判所の判決にもとづき解決する方針で安倍晋三首相と一致した。 南シナ海での人工島の埋め立てなどを違法と断じた判決を、中国は「紙くず」と呼んで無視する姿勢を鮮明にしている。大統領は先週の習近平・中国国家主席との会談では判決に触れなかっただけに、安倍首相との会談で重要性を改めて確認した意味は大きい。


 皇族の範を示した三笠宮さま

昭和天皇の弟で、現在の天皇陛下の叔父にあたり、皇族の中で最年長だった三笠宮崇仁さまが亡くなられた。大正から昭和、平成と3代にわたる、100歳に及ぶ生涯だった。心から哀悼の意を表したい。 三笠宮さまの1世紀に及ぶ歩みは、国際社会へ乗り出した日本が戦争へと傾斜し、やがて終戦を迎え、平和国家として繁栄するまでと重なる。この間、皇族のあり方や国民との関係も大きく変わった。



■ 산케이신문 사설(주장) 産経新聞 主張

 日比首脳会談 法の支配貫く関係強化を

中国の海洋覇権拡大に歯止めをかける上で、当事者であるフィリピンと意思疎通を図り、協力関係を構築していくことが欠かせない。 だが、ドゥテルテ大統領は争いの相手である中国との間で「問題の棚上げ」に合意し、その直後に日本を訪れた。 懸念はいまなお大きいが、安倍晋三首相との首脳会談で南シナ海問題は法の支配に基づき解決する、という基本姿勢を確認したことは成果といえよう。


 三笠宮さま薨去 皇室の支え役果たされた

三笠宮崇仁親王殿下が薨去(こうきょ)された。100歳のご生涯で、大正、昭和、平成の時代を通じ、国民と苦楽をともにされた。さらなるご長寿を、という祈りは届かなかった。謹んで哀悼の誠をささげたい。 三笠宮さまは昭和天皇の末弟で天皇陛下の叔父にあたる。昭和天皇とは14歳の年齢の開きがあり、三笠宮家を創設された後、29歳で終戦を迎えられた。



■ 도쿄신문 사설 「東京新聞 社説

 世界遺産破壊 国際法の裁きの確立を

世界遺産を破壊した過激派組織に初めて戦争犯罪が適用され、被告に有罪判決が言い渡された。人類の共有財産を破壊する蛮行を止めるには、国際社会の監視と国際法による裁きが必要だ。 西アフリカ・マリにある世界遺産トンブクトゥ。サハラ砂漠の南端に位置する交易都市で十五~十六世紀に最盛期を迎え、日干しれんが造りのイスラム教の建築物が残る。


 三笠宮さま逝去 戦争の悔恨と親しみと

激動の時代を生き抜いた皇族が亡くなられた。昭和天皇の末弟で天皇陛下の叔父の三笠宮崇仁さま。日本軍参謀として中国・南京に赴任した経験から、戦争への悔恨を抱き続けた生涯でもあった。 国民に親しみやすくも、信念の人だったに違いない。 三笠宮さまの南京赴任は陥落から約五年後の一九四三年。軍紀の乱れを知り、現地将校を前に「略奪暴行を行いながら何の皇軍か」などと激烈な講話をしたという。



2016년 10월 28일 금요일

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